週に一度は紙の新聞を読む

読書ハゲ

紙の新聞を読むことの意義、利点について考えてみました。週に一度は紙の新聞をじっくり読んでみましょう。

こんな人に読んでほしい

紙の新聞をまったく読まない人

紙の新聞を購読していない人。

紙の新聞の利点を知りたい人

目次

紙の新聞でしか味わえないこと

はるか昔の学生時代、2年ほど紙の新聞を購読していました。地元紙と日経。当時の僕は経済学部にて、日々、経済のお勉強にいそしむ毎日を。。。過ごしてはいませんでした(笑)

いちおう4年で卒業したので、それなりには勉学にハゲんでいたつもりではあります。

で、今回は新聞を読むこと。週に一度は紙の新聞を読むことについて考えてみました。

大学卒業後は長らく紙の新聞を購読していませんでした。しかぁし。2020年に「hagenyan blog」を立ち上げて以来、週に一度のペースで日経新聞を買って読むようになりました。

いまやネットを少し検索すれば、あらゆる情報が手に入る。各新聞社もネット上に紙面と同じ記事を掲載している。わざわざ紙の新聞を読むメリットなんかないやろ? と、僕も思っていました。

ただね。髪ならではの良さ、失礼。紙ならではの良さってのがあるんですよね。

紙面から伝わる緊張感

たとえば、ある事件についての記事。スマホやPCで読んだ印象と紙で読んだときとを比べると、何とも言えない緊張感が紙にはあります。スマホだと画面をスクロールして読んでいきます。書いてある文章は紙と同じ。ただ、文字から受ける感覚がやはり異なります。

それは僕だけの感覚かもしれません。初めて自分のパソコンを所有したのが2000年。初めてスマホを持ったのが2012年。画面上で文字を読むよりも紙に書かれた文字を読む期間のほうが長かったせいかもしれません。今の若い世代。Z世代やアルファ世代と呼ばれるひとたちには無い感覚かもしれません。

しかしながら。画面上の文字を読むようになったのはわずか20年ほど。人類が紙を発明して以来、ずっと人は紙に書かれた文字を読んできたのですから、その感覚は遺伝情報として残っているはず。

であれば、未来のいつの日にか紙媒体が絶滅し、すべてがオンライン上の、デジタルの文字として扱われるようになれば、僕の受けている感覚はだれも感じないようになるのでしょうね。

情報の取捨選択範囲の違い

紙の新聞を広げたときに視界に入る情報量は、相当なもの。PCでニュースサイトを開いた際に入る情報量とは比べ物になりません。見出しから読みたい記事に視線を移動させる。全文を読まずとも、大まかな情報は得られます。読み終えれば他の記事に移動する。スマホであれば、数回タップ、スワイプしなければ、記事間の移動ができませんね。

情報を一度に把握するには紙の新聞が適している

これは持ち運びの良さでは圧倒的にスマホの勝利するところ。情報を短時間に把握するには紙が優れている。普段は紙の新聞を読まずとも、情報判断力、情報選択力を衰えさせないためには、週に一度の割合での紙の新聞熟読が必要。

紙に囲まれた生活

デジタルライフがどこまで進化するか。それに伴う弊害がどれほど人に影響するか。今を生きる僕たちの世代では、その功罪はほとんど明らかにされないでしょう。数十年後、数百年後、もしかすると数千年後にようやく表れてくるのかもしれません。なにせ、縄文時代が1万年も続いたといわれてますから。

今の段階で、日常生活から紙をすべて取り払うことはできませんね。あらゆる情報がデジタル化され、ネット上に保存されるようになりつつある今。それでも少し見渡せば、紙があふれています。

髪との共存共栄。。。失礼、僕はそれには失敗した(笑) 紙との共存共栄。少なくとも僕の生きている時代においては、紙はなくならない。紙の新聞も、紙の書籍もなくならない。

無くなるのは何か。人の知的好奇心がなくなることが一番こわいことです。良くも悪くも、いままでの紙の新聞の果たしてきた最大の役割は、人の知的好奇心をつなぎとめてきたことだと思っています。

さて。紙の新聞を買いに行きましょうか。知的好奇心を失わないためにも。

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